書き方コンサルタントのふじいみほです。
「過去と未来をつなぐライフヒストリー」と題して、私の半生を辿っています。
小学校3年生になる時に引っ越しをして、学校も転校になりました。
住所が北大泉町から東大泉になり、
学校は、大泉北小学校から、大泉東小学校へ。
駅に近くて、学童クラブが校庭の中にある小学校でした。
転校初日、始業式の後で体育館から教室へ移動する際、クラスメートの列からはぐれてしまいました。
一斉に生徒たちが移動して階段も廊下も人だらけで、自分の前にいた子がどこにいったかわからなくなってしまったのです。
初めての学校で、自分がどこにいるかもわからず、焦りました。
数分で教室は見つかったのですが、聞ける友達もいなくて不安になり、教室に着くころには泣いてしまいました。
すでに教室ではみんなが着席していて、泣きながら入ってきた私を、きょとんとした顔で見ていました。
そりゃそうですよね、転校生なので誰も知っている人がいなくて、
「誰…?」
って感じですよね。
少々不安げなスタートでしたが、友達もできたし、ここでも学童クラブにも通っていたので、まずまず楽しい学校生活でした。
ただ、もともと泣き虫で、一度泣いてしまうとちょっとやっかいな面があり、この後も担任の先生を困らすことが何度かありました。
それは……。
国語の時間。
前回の国語の時間に書いた作文を元に、作文の書き方を勉強していこう、というのがその日の内容でした。
先生はあらかじめ、私が書いた作文を授業で使わせてもらうことを、伝えてくれていました。
なので、わかってはいたのですが……。
私の作文を見て、みんなが「ここはこうしたほうがいい」「ここはわかりにくい」と、活発に意見を出し合いました。
それを聞くにつれて、涙が出てきてしまったのです。
泣くことに「引っ込みがつかなくなる」という表現は妥当ではないのでしょうけれど、私の場合、一度泣いてしまうと、自分でもどうしようもなくなってしまうのです。
授業が終わった後、一生懸命先生がなだめてくれましたが、言われれば言われるほど頭の中がぐるぐるしてしまいます。
どこで泣き止んだらいいかわからず、ものすごく面倒くさい子供になってしまいました。
緊張しても泣くことがありました。
夏休みの研究発表をみんなの前で説明する時も、誰に何かを言われたわけでもないのに、涙が出てきてしまいます。
これがなかなか治らず、自分でも「嫌だなぁ……」と思っていました。
(つづく)
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