ライフヒストリー

幼少期1- 体が弱かった幼少期

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こんにちは! 書き方コンサルタントのふじいみほです。

「過去と未来をつなぐライフヒストリー」と題して、私の半生を辿っています。

 

一番小さい時の記憶、あなたは何歳くらいから覚えていますか?

私自身の記憶の中で、一番小さかった頃というのは、4歳か5歳くらいの記憶なんじゃないかなぁと思います。

もっと小さい時の写真を見せてもらっているので、知らなくはないのですが……。

自分の記憶としては、だいぶ大きくなってからのことしか覚えていないようです。

(イメージ)

母の実家が東京都品川区にあり、生まれたのは都内の病院でした。

当時、私の両親が暮らしていたのは埼玉県浦和市で、生まれた後は浦和でしばらく暮らしていたようです。

そして、私が4歳くらいの時に、東京都練馬区の北大泉町という場所に引っ越してきました。

浦和での生活というのは私の記憶にはほとんどなくて、この北大泉町という、今はない地名の場所での生活が私の記憶のはじまりとなります。

(北大泉町は現在大泉町という名前になっています)

ピンク色が好きな子供で、なんでもピンクのものを持っていた、と親から聞かされましたが、それも記憶にないんですよねぇ……。

北大泉の家の路地で弟と

今では考えられませんが、小さい頃の私は、陽にあたるだけで肌が赤くなってしまうような、体が弱い子供だったそうです。

そのおかげで母は、教職についていたものの、一度退職して専業主婦になっています。

北大泉町に引っ越してきたのは、母が家にいた頃でした。

近くに「くれはし公園」という公園があって、よく散歩に連れていってもらいました。

くれはし公園で

ここには当時テレビで放映されていた、『ロボコン』の撮影が時折行われていました。

東映のスタジオが近くにあったからかもしれません。

ロボコンとロビンちゃん

後ろに写っている藤棚をよく覚えています。

赤いロボットのロボコンと、色白で金髪の女の子、ロビンちゃん。

それくらいしか覚えていないんですが、かわいいロビンちゃんが撮影に来ていると、なんだかテンションがあがりました。

この記事を書くためにロボコンを検索してみたら、なんと、『がんばれいわ!!ロボコン』というタイトルで、ロボコンが令和の時代に復活していたんですね!!

『がんばれいわ!!ロボコン』クランクアップ!さらに出演キャスト解禁!!

2020年7月31日にロードショーとのことで、びっくりしました。

(つづく)

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この記事を書いた人
ふじい みほ
ライター、コーチ、書き方コンサルタント。駆け出しひとり起業家や、ダブルワーカーの人ための、文章書き方セミナーを開催。kindleライター、ブックライターとしても活動中。2019年12月から横浜で毎月読書会を開催。お風呂でゆっくり読書をするのが至福の時間。
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